2016年03月04日

食の多様化がもたらす、栄養状態の格差

各家庭、各個人の権利や思想、心情などが尊重されるようになった現代社会では、人生の歩み方、選び方の自由度が大きくなった一方、それに伴って、生活の仕方もそれぞれに大きく異なるようになりました。

「家」を重んじる、かつての日本の暮らしは、家という場所やコロニーによって個人や財産を守る機能を持ちましたが、一方で「家」を守るために個人が縛られる、という側面ももちます。戦後、電気や自動車の普及などにより、家で行われていた仕事が軽減化するにつれ、個人が「家」に縛られる理由が減っていき、現代のような「個」のあり方を重んじる思想に転換されていったのです。

「家」は、一つの集団ですから、家を構成する人間は生活するにおいて、様々なものを共有しあって暮らしました。「食」もその一つです。家の中で作られる食事を、家族で共有することで、その家の食の傾向が形成されます。これが「家庭の味」というものに繋がります。家は地域社会に根ざして存在していましたから、家庭の味は、じつは、同じ地域社会では似通っていることがありました。これが、地域の味、土地の味である、と言えます。日本国内には、各家庭、各地方によって、実に様々な料理が作られて行ったのです。

各地に様々な郷土料理が存在しますが、しかし、相対的に見ると、日本の食にはある共通点が見られます。海にも山にも面した土地が多い日本では、海の幸も山の幸も食事に用いることができます。土地によっては、海に面していない土地もありますが、江戸時代という社会情勢が安定した時代が長かった日本では、国内流通が発達し、山間部でも海産物を手に入れることが出来ました。また、たびたび訪れる飢饉などによって食の保存術が向上し、元来、食べにくいものでも、加工することで食物にする技術が発達しました。乾物などは、その代表と言えますね。海と山、乾燥と湿潤、暑さと寒さが交互に訪れる気候と風土があることで、日本人の食は実に多彩なものとなったのです。
米を主食とする食文化が形成された日本では、米飯にこうした食材でつくったおかずや汁物を付け足した献立、「一菜一汁」が定形とされていくようになります。これが、米飯、おかず、汁もので形成される日本の食の定形に基礎となりました。

さて、「家」から開放され、嗜好やライフスタイルが多様化する現代の日本では、食のあり方も実に様々であるようになりました。食品加工の技術が向上し、また流通が発達したことも、食の準備を軽減化し、かつては、食の用意にほぼしばられていた家事を、大幅に軽減したのです。個人は、それぞれに自分の時間を楽しむことができるようになりました。しかし、一方で、すこしずつ古来の日本の食の姿が失われ、必ずしもどの家庭でも同じような食事をとっているとは限らなくなっています。それに伴い、栄養摂取のバランスも各家庭あるいは各個人で、じつに様々であるようになりました。
食は経済状況も強く反映するため、家庭間の格差は食に大きく現れるようになっています。
多様化した食生活は、栄養状態が極めて悪化している家庭や個人をそのまま放置しやすい社会にも繋がってしまったのです。
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