2016年03月04日

「生きる」の土台を作るのは、食

話は飛びますが、皆さんは、「生物」の定義をご存知でしょうか?
生物、すなわち、「生きる」ことをする物です。なにを以て、生き物と、物質は異なるのでしょう。

実は、この定義については今も、生物学会で様々な意見があり、確固たる答えは見つけられていません。しかしながら、現在、地球上で発見されている生物の共通点から、いくつかのポイントはあります。
それが、1:細胞であること、2:代謝すること、3:生殖、つまり、新たな生命をつくることです。
これに合致しないものは生命ではなく、物質、あるいは非生命体と見なされます。細胞によく似た形や動きをするものに、「ウィルス」がありますが、核をもつ細胞の形を取らないため、ウィルスは生物のくくりには入りません。

さて、生物の最小単位は「細胞」です。さらに、細胞は、そのしくみをつかって、細胞内で化学変化を起こし、エネルギーを得て、存在を維持します。これが「生きる」です。細胞の化学変化は、細胞の外からエネルギーになるものを取り込み、細胞内の回路内で起きる化学変化によりエネルギーを獲得、要らないものは細胞の外に出します。これを、「代謝」といいますが、細胞の「生きる」は、つまり代謝している姿そのものなのです。
これを繰り返しながら、自分の成長具合や、周りの状況に応じて、次の世代を生きる「子」を生み出します。生命はそれぞれの方法で、これを繰り返し、地球上に存在し続けてきました。

私達人間の体もまた、細胞で出来ています。細胞が沢山あつまり、組織や器官をつくり、人間の体を作り上げていますが、一つ一つの細胞が生きる、すなわち代謝していることで成り立っているのです。
では、私たちの体の細胞の代謝に必要なものはどうやって用意されているでしょうか。私たちの体内は、血管が張り巡らされ、その血管の末端はさらに細い細い毛細血管に枝分かれし、器官や組織へと伸びています。この血管に血液を流し、その流れに必要なものをのせ、細胞に届けているのです。

血管中に流れる「代謝に必要な物」は、細胞の代謝に使われ、「生きる」を支えます。このように体に必要な要素が供給されることを「栄養」といいます。では、栄養の起点はどこにあるのでしょう。それは、必要な物が血管に入り込むところ、消化管にあります。

消化管内には、外から入って来たものをドロドロに溶かす酵素が分泌され、そのドロドロの中から、消化管に棲み付く菌と消化管壁の細胞が協力しあい、要るもの、要らないものを判断します。要ると判断されたものは、消化管の穴を通過し、血管の中へと入って行きます。消化管から血管に受け渡された瞬間、ここで初めて栄養として体内に取り込まれたことになるのです。

栄養となるものの起源は、前述したように消化管内に入ってくるものです。これは通常、私たちの口から入れたものがほとんどです。私たちが口から入れるもの、それはすなわち「食べる」ことを通して、体に入れたものです。「食べる」ことこそが、私たちの「生きる」を支えている、と言えるのです。
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