2016年02月28日

アレルギーの歴史

今でこそ、日本のアレルギー罹患率は高い数値にありますが、かつてはそれほど多い症例ではありませんでした。しかし、海外の文献では、アレルギーに相当すると思われる症状の記録がいくつか確認されており、かなり昔の時代からアレルギー症状が存在していたことがわかっています。人類史上、最も古いと思われるアレルギー反応の記録としては、紀元前27世紀にエジプトのメネス王が蜂に刺されたことによるアナフィラキシーショックで死亡した、という古代エジプト象形文書が挙げられます。では、アレルギーの歴史について、簡単にご紹介しましょう。

おそらく、アレルギー反応は人類の歴史上、皆無だった時代はないと考えられます。いつの時代も、どこかで誰かが何らかのアレルギー症状を煩っていた、と考えられますが、そのしくみは謎とされていました。
それを大きく動かすきっかけとなったのが、感染症の大流行です。中でも、1796年、牛痘をヒトに接種することによって天然痘を予防する、という思い切った手段が成功したことが、以降の医学を大きく変えることになります。このジェンナーの功績は、「予防接種」という方法を開発しただけでなく、生物の体に備わる「免疫」というしくみについても医学の新たな扉を開くことになったのです。

他者の体の一部を移植すると、実は個体によっては様々な反応の違いがあります。予防接種が開発されて以降、この反応の違いについて多くの科学者が解明に挑みました。また、同じころ細菌学も発展し、1800年代は、多くの病原菌や、それによる病気発症のしくみについても様々な発見がされ、破傷風菌の研究をしていた北里柴三郎は「抗毒素」、すなわち、今で言う「抗体」を発見するなどして、大きな功績を残しました。

1900年代に入って間もなく、1906年、クレメンス・フォン・ピルケー(Clemens von Pirquet)が、アナフィラキシーなど、いくつかの免疫の反応を説明するものとして、「アレルギー」という言葉や概念を提唱します。当時の説明は、現在使用されている「アレルギー」とは少し意味合いが異なりますが、これ以降、この言葉は免疫のしくみを語る上で、なくてはならない言葉として定着することになります。その後、1920年には「アトピー」という言葉も登場します。1900年代は多くのワクチンが開発された年代でもあり、それまで恐れられていた感染症の予防医療が大きく前進した時代でもあります。同時に免疫学においても、様々な研究や発見がなされ、それに伴い「アレルギー」や「アナフィラキシー」といった言葉も、意味や定義、分類の変更などを経ながら、現在でも頻用される医学用語となっていきます。

参考:
厚生労働省:平成22年度リウマチ・アレルギー相談員養成研修会テキストP5-P14「第1章 アレルギー総論」
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/kenkou/ryumachi/dl/jouhou01-17.pdf
Wikipedia:医学と医療の年表(https://ja.wikipedia.org/wiki/医学と医療の年表

改訂:2016.04.25

腸内細菌と免疫の研究

「アレルギー」という言葉の登場の次の年、1908年、白血球の食作用について発見したメチニコフが、ノーベル生理学賞を受賞します。白血球の食作用とは、つまり「細胞性免疫」のことで、直接アレルギーに関わる「液性免疫」のしくみとは別のしくみです。今でこそ、これら二つの免疫系のいずれもが別々に存在し、働きながら、情報の共有をして体全体の恒常性(ホメオスタシス)を司っていることが解っていますが、当時はこれらの研究者が互いに論争し合っていました。

一方、この研究とは別にメチニコフには、「アンチエイジング」の最初の提唱者である、というもう一つの顔があります。1907年、メチニコフは『不老長寿論』を発表しています。このころ、細菌学が非常に発展しはじめていた時代で、多くの細菌が研究されていましたが、病原性をもつ恐ろしい細菌が見つかる一方、ヒトの体に有益な働きをする細菌の存在も認められつつありました。メチニコフは、ヒトの腸内に棲む細菌が、宿主であるヒトの健康に貢献している、という説に則り、自らの実践も含めて、乳酸菌の働きに関する研究で大きな功績を残しました。

メチニコフ以降、この分野の研究は一時下火になった時期もありますが、1950年代になって腸内細菌と人体の健康において新たな発見、発表が行われ、現在までに腸管が人体の免疫において重要な働きを担っている事、また腸管内の細菌叢の状態によって免疫の働きが左右されることも解っています。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/腸内細菌

2016.04.26 一部改訂

DNAらせん構造の発見で、新たな局面を迎える医療

1800年代から1900年代にかけ、細菌学と免疫学は大きな発見が相次ぎ、医療は飛躍的な発展を遂げます。戦争が繰り返されていたこの時代に、貴重な命をケガや病気から救うこれらの学問は、当時の花形であったことは言うまでもありません。
実はこのころ、医療以外の、化学や物理といった他の学問も発展していて、これらを学んだ者が医療方面に転向することも珍しくありませんでした。様々な科学が入り交じって新しい試みが行われるようになっていきます。そして、1950年代、生物学、医学における新たな方面からのアプローチが始まるきっかけがおきます。

それは、1953年に発表されたDNAの二重螺旋構造に始まります。発表された論文は、古くから知られていた「遺伝」という現象を物質的にとらえ、「二重らせん」構造という画期的な発見、さらに化学反応の結果としても説明を可能にするものでした。提唱者であるワトソンとクリックは1962年にノーベル賞を受賞し、この世紀の発表以降、生命活動のあらゆる場面や現象を化学変化として解き明かそうとする「分子生物学」が盛んになっていきます。

人間の体内代謝回路についても分子生物学に基づいて研究されるようになり、健康維持に貢献するような発見、発表も数多くされるようになっていきます。これらの研究結果は医学にも繁栄されるようになり、健康の土台をつくる栄養学も大きく影響されるようになっていきます。


参考:
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジェームズ・ワトソン
https://ja.wikipedia.org/wiki/フランシス・クリック
https://ja.wikipedia.org/wiki/分子生物学

異なる分野の発見が合流し、医学の目覚ましい発展を遂げた20世紀

細胞の働きを化学反応として説明する分子生物学の発展は、医学だけでなく、生物学全体にも大きな影響を与えました。遺伝子の構造が判明したことは、遺伝のしくみを解き明かし、さらには生物進化の謎についても一定の説明を可能にしています。
一方、細胞のもつ新たな可能性をも導くことになり、究極の医学とも言える不老長寿、すなわち、アンチエイジング分野の研究にも応用されるようになります。
液性と細胞性の二つの免疫系統によるしくみの解明と、分子生物学による新たな見解が合わさったことで、医学は飛躍的に発展します。多くの国が長寿社会を実現している背景には、充実した食糧需給の実現のほかに、こうした医学の発展があることは言うまでもありません。アレルギー医療においてもそうで、この数十年のうちに、臨床の場でも大変な変化が起きています。

アレルギーが増加していく20世紀末

多くの謎が解明された20世紀でしたが、それでも人体に関するすべての謎がとけたかというとそうではありません。多くの人が長寿命を実現できるようになったものの、では、生きている全ての人々が健康であるか、というと、それも違います。「死」にこそ至らなくとも、身体の状態によって、毎日の生活に何らかの支障を来している人は決して少なくないのです。

医学は確かに人類史上、最大の目覚ましい発達を遂げたことは確かですが、かといって、人体のしくみの全てまでは、まだ解明されたわけではないのです。特に「免疫」に関しては難しく、現在でも多くの謎が残されています。
免疫系の完全解明の難しさを裏打ちする事実として、現代人のアレルギー罹患率の増加を挙げることができるでしょう。中でも、花粉症や、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、ぜんそくなどのI型アレルギーに分類されるものの増加率は、1970年代ころから右肩上がりに増加し、現在、軽度から重度まで含めれば、日本においては4〜5人に1人はこのようなアレルギー症状を持っている、と言われています。
アレルギー症状には、I型をはじめ、IV型あるいはV型までの区分があるとされていますが、その具体的なしくみについては不明な点も多く、難病指定されているものも少なくありません。原因やしくみの解明が難しいがために、予防策の確立ができず、結果、現在のようなアレルギー患者の多い社会となってしまったのです。

遺伝情報の解読で人類は究極の医学に到達するか

現代でも、多くの謎をはらむ人体ですが、それでもその謎を解くカギのありかは手にしています。それはDNAの情報の解読です。

しかし、この膨大な量の情報一つ一つを解読するには、それこそ多くの科学者、技術者を揃え、さらに気の遠くなる程の時間を費やす必要がありました。ひとつの大学や、研究所が取り組んだところで、とても手に負える情報量ではありません。しかし、「人間」という生物を構築するすべての情報は確かにそこにあるのです。この情報こそ、人類共通の財産であり、また今後訪れるかもしれない人類存亡の危機には必ず必要になる情報です。

1990年、アメリカは、エネルギー省と厚生省によって、コンピュータを用いた解読プロジェクトを計画します。これをヒトゲノムプロジェクトと呼び、これに関して、国際協力も募りました。国家間、また商業的な参加も加わり、プロジェクトの初期段階は予定よりもスピーディに進みます。開始から10年の年にあたる2000年6月26日に、情報の下書きに相当する部分、ドラフト配列の解読が終了し、その後、2003年4月14日に解読完了宣言がなされました。解読された情報は公開され、その働きや関連性の解明が現在も行われています。

さて、解読された全ての情報がどのように働いているのかについての全容解明はまだ先になりますが、それでもこれまでに明らかになったものも数多くあります。
遺伝子のどの部分に変異があると、どのような病気になりやすいのか、あるいはどのように反映されるのかが判明したものについては、個人のもつDNA情報を照らし合わせることで、その人のなりやすい病気がわかったり、先天性の症状であるか否かがわかるわけです。

ガンやアルツハイマーなど、現在でも多くの患者が存在し、また治療の難しい病気においてはこの情報を活用した予防や治療が期待されています。アレルギーにおいてもそうで、原因がはっきりしなかったり、重度のアレルギーの原因解明に役立てようとする動きも出てきています。


参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒトゲノム計画
ヒトゲノム解析センター:ヒトゲノム計画とは
http://hgc.jp/japanese/humangenome-j.html

ヒトゲノムマップ
http://stw.mext.go.jp/series.html

2016年03月01日

【Column】免疫のしくみの解明がアレルギーの改善に繋がる

「免疫」という言葉が生まれたのは、ジェンナーによる種痘の成功にあたりますが、最初はまさに字のごとく、疫病を免れるしくみや、それに繋がる医術を指していました。
しかし、その後、多くの発見を経て、現在、「免疫」とは、生物が自らの生命活動を維持するため、自分と他者を見分けた上で、必要なものであれば獲得し、敵であれば排除する機能によって、体や、健康状態を防衛することをさします。

免疫のしくみは複雑かつ多岐にわたって仕組まれており、対象となるものに個別に対応するしくみがあるかと思えば、体内のネットワーク全体で情報を共有し、対応したりすることもあります。
実に多様である免疫のしくみのうち、これまでに部分的に解明されているものも多くあります。解明されている部分については、症状や患部への処置方法が確立されるわけで、医療によって回復に導くことができるわけですが、解明されていない部分が関わる場合、その対処は非常に難しくなるのです。

処置についても、対処療法しかないものが多く、それゆえ一旦発症すると、克服することは難しく、「原因物質の除去」が最も安全で有効な方法として考えられてきました。
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